作家インタビュー第37回 戦く小野君さん

インタビュー作家座談会

パズルの問題を作っている作家にあれこれお話をお聞きするコーナーです。今回のゲストは戦く小野君さん。29歳男性、機械系のお仕事をしている社会人です。ケータイやnikoli.com向けの問題は最近作りはじめました。

(竹)子どものころのお話を聞かせてください

戦く小野君小、中学生まではふつうに勉強ができていたと思います。でもそれはどうでもいいです。実家の新聞にニコリのパズルが連載されていたのを覚えています。カックロやスリザーリンクが載っていました。ただ、ちゃんと解けたことはなかったです。スリザーリンクだと、0の隣の3などのすぐわかるところを書き込んだだけで『ああもうわかんねえや』と言ってあきらめていました(笑)。高校卒業まではパズルとは無縁でした

(竹)なにに夢中でした?

戦く小野君テレビゲームばっかりやっていました。あと、小学生のときは軟式野球のチームに入っていました

(竹)野球少年だった?

戦く小野君といわれると、そうでもないです。レギュラーじゃなかったですし。チームのお荷物的な存在でした。それで思い出しましたけど、うちの野球チームはテレビゲーム禁止だったんですよ

(竹)えっ、さっきゲームばっかりやっていたって言ってましたよね

戦く小野君はい。禁止されていましたけど、そんなの知ったことかと。ぶっちゃけ野球を辞めたかったんです。試合もあんまりやらせてもらえなかったし。でも、まわりがなかなか辞めさせてくれなかった。もしタイムマシンがあったら、野球始める前の自分にやめとけ、って言いにいきたいです。今からパズルをやっておけばだいじょうぶだから、って(笑)

(竹)ニコリの本との出会いは?

戦く小野君大学のときです。英会話のサークルに入ったんですけど、すぐ辞めちゃったんです。それでなんか趣味を見つけたかった。たまたま電車の中でパズルの本をやっている人を見つけて、自分もやってみようと本屋に行ったらニコリがあったんです。ただ、そのときは近くにあった別の会社のイラストロジックの本を買いました。マスをいっぱいぬりつぶすパズルなので、シャーペンだと解くのが大変でした。めんどくさいのはイヤなので、次に本屋に行ったときはよく吟味しました。スリザーリンクとかましゅのような線を引くパズルがいっぱいあったので、ニコリを買いました。110号でした

(竹)ぬるのがめんどくさかったからニコリにしたということ?

戦く小野君そうなりますね。今でも、マスをぬるパズルを手で解くのはちょっとためらいます。パソコンを使うときれいにぬれるので、紙の大きなサイズのぬりかべなんかはわざわざパソコンに打ち込んでから解くこともあります

(竹)初めて買ったニコリはおもしろかった?

戦く小野君はい。自分の力でだんだん解けるようになっていくのが楽しかったです。子どものころ解けなかったスリリンも解けるようになりました

(竹)そのあと、ニコリに投稿問題が掲載されたのは113号でしたよね

戦く小野君はい。最初に載ったのはリフレクトリンク(反射を利用して交差ありの輪を作るニコリのパズル)でした

(竹)きっかけは?

戦く小野君そのころいろいろあって実家に帰ってきたんですけど、ニコリを売っている本屋が近くになかったんです。クルマで1時間くらいまで行かないと買えなかった。めんどくさいなあと思いながらニコリを読んでいたら、問題が採用されたら掲載誌が送られてくる、ということが書いてあったんです。さいわい当時は時間だけはあったので、じゃあやってみようかなと作って送ったら、載りました

(竹)うれしかったですか?

戦く小野君まさか自分の問題が載るとは思っていませんでした。掲載誌がうちに送られてきても半信半疑で、この本はボツになった人用に別に作られたウラの本で、本屋さんで売られている本とは別ものかもしれない、と思ってしまいました。本屋に行って、うちに届いているのと同じものが売られているのを確認してやっと信じました

(竹)わざわざ2冊作るなんてことしないですよ。リフレクトリンクは今はもう載っていないパズルですが、どうしてこれを作ったんですか?

戦く小野君輪っかを作るパズルが好きだったんです。このパズルはさらに線が交差するところが気に入りました。でも、特にこのパズルだけ作っていたというわけではないですよ。スリザーリンクやましゅ、ほかにもいろいろなパズルを作っていました

(竹)なるほど。先ほど実家に戻ったとおっしゃってましたけど、今は一人暮らしの社会人なんですよね

戦く小野君はい。今住んでいるところは実家よりも都会でいいですよ。大きな本屋もあるし。パズルの投稿を始めて1年後くらいに都内の商社に就職したんですけど、3カ月ほどで辞めました。ものを運ぶ仕事で、体がもたなかったんです。その次の職場では3年働きました。このころは遠距離通勤だったのでパズルの投稿も少なかったはずです。いろいろあって会社を辞めました。そのあと、今の仕事が見つかるまで9カ月くらいは無職でした。パズルを作りまくっていました。あのころが自分のパズル作り史上のピークですね。今の職場は気に入っています

(竹)それはよかったです。でも、パズルを作りはじめた当初の目的は、本を買いに行くのがめんどくさいということでしたよね。今の環境だと近くの本屋で手に入ると思いますが、どうしてパズルを作っているんですか?

戦く小野君なんででしょうね。作っているうちに、このパズルも載せたいとか、何題以上載せたいとかいった別の目標ができてきて、それを達成するためにのめり込んでいったんだと考えています。最近は、パズルを作っていて行き詰まりを感じることがあります。パズルに限らないんですけど、長いこと続けていると『これでいいのかな』と自分を振り返ってしまうんですよ

(竹)なるほど。自分に自信がないのかな? パズルの話をしましょうか。好きなパズルはなんですか?

戦く小野君四角に切れが好きです。作るときに自由に数字を入れられるのがいいです。盤面に、いろいろな数字があるのが好きなんです。たとえば、スリザーリンクやシャカシャカだと入れられる数字が制限されるじゃないですか。四角に切れは、盤面の大きさを考えなければ、どんな数字でも置けます。ぬりかべやへやわけも自由といえば自由ですが、大きい数字は気軽には使いにくいですよね。2ケタの数字が好きなんですよ。ペンシルパズルの世界だと2ケタの数字ってあまり見かけないから、見るだけでワクワクしてくるんです。あと、作るときはほかの人が使ったことがない数字を使いたいです

(竹)独自性が大事?

戦く小野君そうですそうです。12とか24とかはほかの作家もよく使うじゃないですか。誰も使わないような数字を使いたいです。四角に切れはそれができるパズルです。作りやすいという意味ではましゅやスリリンも好きなんですけど、自分が作ると問題の個性を出しづらいんです。作るのが上手な作家さんはうまく個性を出していますよね

(竹)小野さんの問題も個性は出ていますよ。苦手なパズルは?

戦く小野君なぜかわからないんですけど、ひとりにしてくれが苦手です。ニコリを買った当初もぜんぜん手をつけませんでした

(竹)ひとりにしてくれは独特ですよね。好きな人はほんとに好きだし、ひとりにしてくれしか作らない、という作家もいます。小野さんにとっては、なにがダメなんでしょう?

戦く小野君次にぬるべきマスがなかなか見つからないんです。nikoli.comだとチェック機能があるのでそれを駆使して解いたりするんですけど、それでも難しい問題だと解けません。紙の上ではいまだにほとんど解いたことがないです

(竹)問題を作るときに、どんなことを考えていますか? 新しいことをやりたい?

戦く小野君そういう気持ちはないです。勢いで作っちゃおう、というタイプです

(竹)自分が楽しければいい?

戦く小野君そうですね。解く人を楽しませよう、という気持ちはあんまりないです。こういう考えかたで押していこう、というくらいは考えますが、ほかは気にしません。特に見た目はまったく意識していないです

(竹)なにか夢はありますか?

戦く小野君仕込みなしで、見知らぬ人が自分のパズルを解いているのを眺めてみたいです。電車の中でたまにパズルを解いている人は見かけますが、自分の問題を解かれているのはまだ見たことがありません。そのためにもっと載りたいなと思っています

(竹)今後もずっとパズルを作り続けますか?

戦く小野君うーん、どうでしょう。今までの人生を振り返ると、自分は飽きっぽいから、パズルもそのうち飽きてやめてしまうかもしれません。がんばりたいんですけどね

(竹)小野さんらしい正直なお答えですね。最後に、パズルを解いているみなさんへメッセージをお願いします

戦く小野君自分はノリとか勢い重視で作っているので、解く方もあまり深く考えずにじゃんじゃん解いてくれたらうれしいです。あと、nikoli.comは解いた人の履歴が残るので、本とは違って自分の問題をほかの人が解いてくれたことがわかります。さっきの夢の話に関連しますが、自分の問題を解いてくれているすべての人に『ありがとう』と言いたいくらいです

(竹)今日はおもしろいお話をありがとうございました


インタビュー : 2012年5月 2012年6月12日公開