作家インタビュー第41回 あるかりさん

インタビュー作家座談会

nikoli.comの問題を作っているパズル作家にいろいろとお話を聞くコーナーです。今回のゲストはあるかりさん。30代後半、札幌在住、一児の父。ニコリの本では「あるかり工場長」というペンネームで活躍されていますが、職業はIT関係の会社員だそうです。

(竹)子どものころのお話を聞かせてください。どんなお子さんでしたか?

あるかりテレビばかり観ていました。いろいろな番組を観ていましたが、特にクイズ番組が大好きでした。ウルトラクイズとか、クイズダービーとか。教育実習の先生とのお別れ会で、○×クイズの大会を企画して開催したこともありました

(竹)おもしろそう。パズルとの出会いはいつごろですか?

あるかり中学生です。数学の先生がパズルを扱ったクラブを作ったんです。「数学とパズルクラブ」という名前で、数学が得意だったから入りました。古典的なパズルで遊んだり、方眼紙を使ったゲームをしたりしました。でも、だんだんネタ切れになってきました。そのうち、先生が懸賞付きのクロスワード雑誌を買ってきて、みんなで解き合うようになりました。賞品目当てですね。そればかりやるようになって、クラブの名前も次の年から「クロスワード部」に変わっちゃいました。みんな懸賞目的で作業的に解いていたから、そのうち興味がなくなってしまいました

(竹)それは残念ですね

あるかりただ、いいこともありました。懸賞の応募用ということで、ハガキだけはたくさん用意されていたんです。それを分けてもらって、パズルとは関係ない雑誌に投稿するようになりました。当時、「ジャンプ放送局」という漫画雑誌の読者コーナーがあって、おもしろいネタを考えて送っていました。今のペンネームも、当時の投稿ペンネームの名残なんですよ。そのコーナーの賞品でゲーム機をもらったり、ほかの雑誌や、テレビ番組の視聴者投稿コーナーで採用されたこともあります。自分のネタで「いかに人を笑かすか」を追究するのが楽しかったです

(竹)ハガキ職人ですね。パズルからは離れてしまいましたが、そのあとパズルに戻ってきたのはいつですか?

あるかり高校に入って、ののぐらむにハマりました。授業を聞かずに問題を作って、まわりに配っていました

(竹)解くだけでなく、自分で問題を作っていたんですね。なぜ作ろうと思ったんですか?

あるかりお金がなくてあまり本を買えなかったからです。まわりに解いてくれる人がいたのも大きかったです

(竹)ニコリと出会ったのはいつですか?

あるかり大学を卒業したころ、ちょうどインターネットが世の中に出始めた時期です。ネット上で、昔ジャンプ放送局に投稿していた人たちが集まるコミュニティがあったんです。そこのメンバーにドルードルで遊んでいる方がいて、そこからニコリの名前を知りました。おもしろそうだと思って、そのまま本屋に買いに行きました。92号でした

(竹)ドルードルは、お題の絵がなにに見えるかを答えあうコンテストです。以前『パズル通信ニコリ』でよく開催していました。パズルでなく、コンテストからニコリを知ったんですね

あるかりすぐパズルのほうにも手を出しまして、最初は推理クロスにハマりました。中学時代の経験から、それまでクロスワードにはあまりいいイメージはなかったんです。だけど、まったく違う発想で、ロジカルに決まるクロスワードがあるということを知って感動しました。同じ理由でジグソークロスも気に入りました。ほかのパズルやコンテストもひととおりは読みましたよ。パズルだけじゃなくて、読み物もしっかりしているのがよかったです

(竹)問題の投稿もすぐに始めたんですか?

あるかりいえ、初めは自分で投稿する気にはなりませんでした。「ほかの人がいっぱい出しているから、あえて自分が出さなくてもいいだろう」と考えたんだと思います。でも、ある号で「これからは投稿が少ないパズルのページを縮小する」というような発表があったんです。好きなパズルのページが縮小されるかもしれない、まずい、と思いました。それで、好きな推理クロスとジグソークロスの問題を作って出しました

(竹)なるほど。結果はどうでした?

あるかりその出した作品が載りました。99号でした。びっくりしましたよ。載ったら掲載誌が届くんです。しばらくすると、原稿料まで振り込まれてくる。今までの投稿人生で、そんな経験はありませんでした。うれしかったです。それからずっと投稿していて、毎号なにかしら載っています

(竹)それはすごい。今では、幅広くいろいろなパズルを作っていますよね

あるかりそうですね。歴史の浅いパズルから手を広げていきました。推理クロスとジグソークロスの次は、ましゅが載りました。当時ましゅはまだ定番パズルになったばかりで、自分の持っているバックナンバーだけでそれまでの傾向を調べられたんです。「こういう解きかたの問題はまだ載ってないな」と気づいたので、それを出しました。先に黒丸で壁を作って、丸のないところに線をぐるっと回す、という流れのましゅを載せたのは私が最初だと思います

(竹)へええ。今ではよく見かける手筋ですが、あるかりさんが最初だったんですね

あるかり逆に、スリザーリンクなんかは投稿するまで長かったです。すでに有名どころの作家が何人もいて、いろいろな問題を出していました。新しい解きかたを見つけても、たとえば「それは80号あたりで流行したネタだよ」ということがあるかもしれない。そんな自分の知らない時代のネタとかぶってボツになったら悔しいじゃないですか。だからなかなか手を出せませんでした

(竹)ハガキ職人時代からネタで勝負してきたあるかりさんらしいですね。新しいネタといえば、あるかりさんはオモパ(新しいパズルをみんなで考える名物コーナー「オモロパズルのできるまで」で誕生したパズル)の投稿にも積極的ですよね。これまでに、スラロームたすくえあへびいちごヘルゴルフなど数々の名作を生み出してきました

あるかりスラロームは初めて作ったオモパです。元々はナンバーリンクでなにかできないかというのがあって、テレビでスキーのスラロームの中継を観ていたときに思いつきました。最初はスタートとゴールがあって、最短距離で抜けるという条件もありました。でもそれじゃ送っても載らないなと思って、それまでのオモパを研究して、今の形に直してから投稿しました

(竹)送る前にしっかり研究したんですね。今まででいちばん気に入っている自作のオモパはなんですか?

あるかりあるにはありますけど、ボツになっちゃったオモパなので、私以外誰も知りません(笑)。まあ、世の中そういうもんですよね

(竹)あらら。じゃあ、オモパ以外で好きなパズルはなんですか?

あるかり取り立てて好きなパズルというのはありません。まんべんなく作ったり解いたりしています。解くときは、おもしろそうならば解くし、そうでなければ解かない、という感じです。作るときも「このパズルの問題を作ろう」というモチベーションで作ることは少ないです。先にネタがあって、このネタを活かせそうなパズルはなんだろう、と考えてパズルを選びます。たとえば「ものすごくぐにぐにした線を引くような問題を作りたい」と思い立って、実現できそうなパズルはましゅだ、だからましゅで作ろう、といった感じです

(竹)ネタありきの作りかたなんですね。難易度による好き嫌いはありますか?

あるかりサクサク解けるやさしい問題が好きです。作るときもサクサク系を作ることが多いです。nikoli.comの作家でいちばん波長が合うのはたぶんCastyさんだと思います。「こうなってくれるとうれしいな」と思ったとおりに解けていきます

(竹)パズルを作るときのモチベーションはどこから来ていますか?

あるかり人を楽しませたいという気持ちです。楽しませたいというよりは、笑かせたい、というほうが近いですけど。たとえばクロスワードだったら、笑かすためなら自虐ネタだって出します

(竹)まさに芸人ですね。パズル以外の趣味は?

あるかり今いちばんハマっている趣味はサッカーです。プレイするほうでなくて観るほうです。会社から札幌に配属にされて、Jリーグのコンサドーレ札幌のサポーターになりました。それまではサッカーのことはよく知りませんでした。サッカーおもしろいですよ。(このあと、J2の話や今年の成績の話などでひとしきり盛りあがりました)

(竹)さて、パズルは今後も作り続けますか?

あるかりとりあえず、ニコリ200号が出るまでは載り続けたいです。そのころには、自分が開発したパズルをひとつくらいnikoli.comに潜り込ませたいですね

(竹)楽しみです。あるかりさんにとってパズルとはなんですか?

あるかり暇つぶしですね。暇つぶしであるからには楽しくなければいけない。だから、作家が自分だけで満足してもしかたがない。解いて楽しんでもらえないと。パズルは皿のようなものだと思っています。有田焼みたいに高い値段がつく芸術的な皿もありますが、皿はやっぱり料理が載せられてこそだと思います。実際に使ってもらってこそです

(竹)最後に、解く人へのメッセージをお願いします

あるかりパズルは、作るほうから見れば「楽しませてナンボ」ですが、解くほうから見たら「楽しんでナンボ」だと思います。ぜひ楽しいものを見つけてください


インタビュー : 2014年1月 2014年2月20日公開